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以前にポーランドの女流作曲家テクラ・バダジェフスカについて書いたところ、たくさんの方のご来訪をいただいた。私は女流ピアニストの演奏は宮谷理香さん・中村紘子さん・ポブウォツカさんの演奏しか聴かないことで徹底していたのだが、昨年その禁を破ってロシアの女流ピアニストであるユリヤ・チャプリーナの「かなえられた乙女の祈り〜バダジェフスカ作品集」というCDを購入した。 「乙女の祈り」一曲でピアノの歴史に名を残したバダジェフスカであるが、解説書によると中流家庭に生まれた彼女は、バラノフスキという男性と結婚したものの二十七歳で夭折し、ワルシャワのポヴォンスキ墓地に墓があるとのことである。肝心の作品のほうであるが、確かに耳障りのいいサロン風の小品を集めたという感じであるが、この程度の作曲技法だととても男性作曲家には太刀打ちできないというのが率直な感想である。 昔ある音楽学者が、女性の作曲家がいない理由について、女性は数学的な思考が苦手だからという説を述べていた。それならば、高等中学時代に理数系の科目が苦手だったというショパンは作曲が不得手であったのであろうか。私自身はもっと違うところに理由があるような気がするが、はっきりとは説明できない。 ところで最近の私が関心を持っている人物は、史上最初の女流作曲家と言われるビンゲンのヒルデガルトというドイツの女性である。私はヒルデガルトの作品集のCDを所有しているが、よく現在のように作曲技法が確立されていなかった時代に、女性の手による音楽作品が後世に残されたとして感心している。ヒルデガルトはピアノの前身とされる楽器にも通じていたというから、彼女が現代に生きていてピアノという楽器を知っていたら、一体どんな作品を作っていたことであろう。 私自身は2008年7月29日に「小羊の部屋」を打ち切った後は、小説めいたものを書いてみようと考えているのだが、実はもう一つ構想がある。私は中学生の頃から舞踊音楽の作曲に関心を持ち出したが、音楽の勉強よりも精神世界の探求のほうに関心が行ってしまった。そちらの方が最優先課題であったからである。 私が構想している一幕物の舞踊音楽とは、フレデリック・ショパンの妹であるエミリア・ショパンを主人公にした「エミリア」というタイトルである。母・兄とともに保養地を訪れたエミリアは、村の男女が踊るマズルカを見る。ふと森の中に迷い込んでしまったエミリアは森の精と出会い、ともに踊る。森の精の姿はエミリアにしか見えない。しかしエミリアは肺結核を患い、十四歳の若さで昇天し、森の精はエミリアの死を嘆き悲しむという悲劇的結末で終わる。 この「エミリア」も2008年7月29日以降に手をつけるつもりである。前述の小説めいたものと同様、「乞うご期待!」と自信を持って言えないのが残念である。一生かかっても完成できないかも知れないが、幸運にして「エミリア」を完成した暁には誰を献呈者にしようかと悩んでいるところである。 |
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